放談ラジオ音響系

読後のつぶやき'08:4月分(1/3)

 今年はまったく花粉の影響を受けずに、心地よく通勤電車内で読書に耽ることができました。しかし一過性の事ではないかと、早くも来年が怖いです。



宮沢章夫に対抗する

  数年ぶりに文芸誌なるものを買ったのは、宮沢章夫の小説『返却』が掲載されていたからです。宮沢章夫の日記「富士日記2.1」でも触れてれていたのだけれど、この小説は100枚ほどで、これだけだと量が足りなくて単行本には出来ない。もし単行本にして出版しようとすると、最低でももう1本書かないとまとめられない…。しかし作者のワーカホリックぶりも災いして、次の作品がいつ書き上がるのかなんて全く分からない…。ということで、今のタイミングでこの小説を読もうとすると、それが掲載されている文芸誌、今回はこの新潮4月号を買わないといけないわけです。この文芸誌なるもの、僕の周辺ではその存在さえ知らないという人がほとんどなのですが、これがたま〜に買ってみると結構面白い。普段あまり思いもしない分野の文章に偶然触れられたりして、気分転換を兼ねてパラパラめくっていると、ついつい読み込んでしまったりします。以前もそうやって、まるで意識せずに読んだ小説が、その後映画になって驚いたりしたことがありました。

【fig.1】『新潮4月号』新潮社/2008年/388p/¥950

 さて、その『返却』なるもの。主人公が図書館から借りっ放しになっていた2冊の書籍を、意を決して返却に向かうという内容なのですが、その延滞していた三十年間と、目的地(図書館)へ向かう道筋、つまりは時間と空間の中での逍遥ということでしょうか。なかなか他人の逍遥について語るのは難しく、読後にここでつぶやくにあたり主人公の辿った道筋をカメラ片手に実際にスキャンしてレポートするのはどうだろう…とネタっぽいことも考えたのですが、そんな時間は無いことに気付きました。そこで別の方向から攻めてみます。

三十年以上延滞している本なら、僕も持っている。

 僕の借りっ放しになっている本とは、小学生の頃に学校の図書室から借りた児童向けSFシリーズ、エドモント・ハミルトン著『コメット号時間作戦』。

【fig.2】『コメット号時間作戦』エドモント・ハミルトン著。粋なタイトルですね。その昔、NHKで『キャプテン・フューチャー』としてTVアニメ化されました。主題歌がメチャカッコよかった。

【fig.3】彼がキャプテン・フューチャーことカーチス・ニュートン。挿し絵とは言え、年齢不詳の微妙なルックスが時代を感じさせます。

 もちろん、僕もいつか返そうとは思っていたのですが、そうこうしているうちに小学校を卒業、中学生になって今さら小学校の門をくぐることなんて恥ずかしくて出来ず、そのままうやむやとなって、あろうことか共に上京、今なお僕の生活している賃貸アパートの片隅にある本棚の中で佇んでいるという次第。

 児童向けに大胆なアレンジが施してあるので、今ページをめくるとかなりカワイイのですが、何故この本を手放さずに所持し続けているのか。ちょっと考えてみると、あくまでこれは借り物であるから勝手に捨てるわけにはいかないというのが一つ。『返却』では舞台が都内で京王線1本で行ける範囲だったけれど、僕の場合遠く離れた地方なので新幹線などを使わないといけないことが一つ。そしてもう一つは、その粋なタイトル『コメット号時間作戦』というフレーズの持つポップ感がとても素晴らしくて、手放せないことです(それは犯罪)。ストーリーの内容については特に語るものが無いのですが、そのタイトルからはかなりインスパイアされるものがあり、だいぶ昔に同タイトルを冠したポップソングを作ったりしました。

【08/4/30更新】