放談ラジオ音響系

読後のつぶやき'08:6月分(1/4)

 だいぶ更新が遅れて半月以上経ってしまいましたが、先月も読んでいた本が数冊あったので、ユル〜くつぶやいてみます。



それでも幻想せずにいられない

 いつも月末に更新しようと思っていた読後のつぶやきですが、先月分は遅れに遅れてしまいました。でもまあ、そんなに気にすることないよね、ただのつぶやきだもの。

【fig.1】『ロリータ』ウラジーミル・ナボコフ著・若島正訳/新潮社/2005年/462p/¥2,940

 昨年購入したキューブリックのDVD-BOX収録のドキュメンタリーを鑑賞していて気付いたことが一つ。「あれ?そう言えばまだあの『ロリータ』を観たことが無いじゃん」。キューブリック作品は個性があって好きだけれど、特別彼の作品全てに興味があるわけではありません。例えばカーク・ダグラス主演の『スパルタカス』も未だ観たことが無いのです。そのクセ、まだ僕が学生だった頃には、ビデオが国内未発売だった『時計仕掛けのオレンジ』を友人の友人を介して米国から輸入。そのまた友人宅で鑑賞した、なんてこともありました(なぜ友人宅でかと言えば、僕はビデオを持ってなかったから)。
 さて、そのドキュメンタリー『A Life in Pictures』に挿入される僅かなカットからは物語の全体像を伺い知ることが出来ず、かと言ってわざわざDVDを新規購入ないし他人からレンタルするほどの気持ちにもなれなかったのは、実は単純明白な理由があります。そのモノクロ映像に登場するニンフェット、つまりロ・リー・タ、ロリータ扮する女優が、僕にとってはさほど魅力的には映らなかった、からです。
 もちろん、いずれ観ることになるだろう映画であることは確か。しかし残念ながら、ロリータに興味を持てぬまま見続けることになる。もしかしたら退屈な時間を過ごすかもしれない可能性を少しでも回避する策は、そう、原作を先に読んで、それがどのように映像化されたのかを辿れば、たぶん興味が持続するに違い在りません。

 さて、実際に本書を購入するにあたり、すでに文庫化さたものとどちらにするか悩みました。単行本は重くて値段が高いし、対して文庫本は軽くて電車内での読書に最適、おまけに安い…。ここで判断材料となったのは表紙に使われた写真でした。

【fig.1a】左が今回選んだ単行本。右が文庫版(900円)の表紙。

 ロリータという語感からイメージされる少女像はどんなものか。僕の場合、それは単行本の表紙のイメージの方に、より近いものがありました。着衣のせいか、文庫版のそれより清楚な雰囲気が漂ってはいるものの、ソファの背もたれに投げ出された華奢な脚、その構図から窺える少女の奔放な性格が、興味をそそったのです(実際にロリータがどのような少女なのかは、読んでからのお楽しみということで)。ちなみに書店で在庫していた単行本にはどれも立ち読みの為に出来たと思われる微々たる損傷が表紙に見受けられたのですが、どうもそれが気に入らなくて思案した揚げ句、amazonで取り寄せることにしました。美品でした。

 そのような理由で手にした本書ですが、これを読み始めるにあたり、読者に対しある心構えを示してくれるのが、冒頭の序文です。もし本書を、想定されるある種の下心、あるいはまったく純真な性的趣向のドライブによって読み進めようとしたのなら、おそらく最後までそのスピードを持続させておくことは無理。この序文を読んで「これは面白い」と感じられれば、たぶん最後まで「面白さ」は続いてくれるのではないでしょうか。本文にちりばめられた仕掛けやユーモアのテイストは、この序文に凝縮されています。

 個人的に、おそらく室内劇のようなドラマ仕立てなのだろうという当初の予想がまるで覆されたのに驚きました。主人公HHの「告白録」という体裁をとっている本文の中身、ほとんどこれは中年男と少女の自動車によるアメリカ国内の移動を追う「ロードムービー」なのです。果たしてこれをキューブリックはどのような映像に焼き直したのか、という興味は、そんなわけでますます強くなりました。とりあえずロードムービーというスタイルは、キューブリックの作風に合わないような気がするので、大胆に脚色しているのかもしれません。

 ところで、この「告白録」でとりわけ好きな箇所を一つ。それはロリータのテニス試合における「動き」が、如何に美しく愛おしいものであったかを主人公HHが語る所です。単行本324p「彼女の動作すべてのあざやかな明晰さは、聴覚面では、ストロークを打つたびのすみきった音となって現れていた。(〜以下3ページ弱続く〜)」。女子の人生においてある特定の時期に強く反応するHHから流れでる告白の中で語られるロリータには、実際のところなかなか顔立ちも見えてこなければ、性格もさして魅力在る女性に思えるところもないのですが、唯一、その「運動」の中に見出される美についての記述には、多く共感出来る部分があるように思えます。

 余談ですが、海外文学を翻訳しているうちに、その作品のさらに奥深い部分、突っ込んだ解釈への抗えぬ誘惑に取り憑かれてしまうことは、ままあるようで、本書を訳した若島正による『ロリータ、ロリータ、ロリータ』は多角的な解読本として面白いらしいです。そう言えば以前紹介したコンラッド『闇の奥』を訳した藤永茂も『「闇の奥」の奥』という本を書いています。いずれもまた機会があれば、読んでみたいと思っています。

【08/7/20更新】