
このあいだ東京でね
青木淳悟【著】:新潮社(2009年)
「東京の今」を語るのに、そこの住人のライフスタイルを記述していくのは極一般的な物語小説のカタチなのですが、いやそうじゃなくて、東京を地理的に言語トレースしようよ、というのがこの短編集の主旨なのかもしれません。以前の作品から相変わらず一行の文章に詰め込んでいる情報量が多くて、例えば街を闊歩するOLの動作を書くにもいちいち
「流行りの踊りで筋の活動度に偏りが生じエネルギーロスの多い横にぶれた歩き方をしていて、具体的にはO脚を隠すかのように膝が内側を向きそのぶん外へ突き出るヒップに力が逃げている」
って…これはしかしその運動している様を的確にイメージできるワケで、その技があってこそ、既述の「地理的にトレースする」というコンセプトがようやく実現可能になるのです。そして平面的なトレースにとどまらず時間的奥行きもまた、例えばそれはグーグルマップで撮影された映像の映し出す真上からの風景が、今それをモニタで見ている時より過去にあったものであるということを実際に起きた事故を絡めて浮き出だたせて立体的に、あるいはデジャヴにも似た感覚を誘う瞬間もあったりするのです(関係ないけどトニー・スコット監督『デジャヴ』を思い出したり)。それにしてもこの人、独特のユーモアがイキナリ顔を出して、主に通勤電車内で読書している僕は危機に襲われるのだけれど、それまで長々と詳細に書いてきた文章を突然「…閑話休題。」って断ち切るのは一体どういうことなのか。おそらく、僕がこれまで読んできた小説体験で初めてではないでしょうか「閑話休題」ってフレーズが出てきたのは。エッセイならまだしも普通出てこないよ、小説に。笑った。

my bloody valentine Loveless
マイク・マクゴニガル【著】:ブルース・インターアクションズ(2009年)
昨年のフジロックに出演するというニュースはそれだけで驚きだったのですが、「どうせドタキャンするんでは?」という大方の予想を裏切って17年振りホントに姿を見せて聴衆を大いに驚かせたマイブラの、主にケヴィン・シールズのインタビューを中心にこの本はまとめられているのだけれど、どちらかと言えば当時のレコーディングの様子などが伺い知れるコメントが比較的に多くて、短い内容ながらメイキング好きな僕はかなり楽しめました。ほとんど公に出ないせいもあって「どこかイッちゃってる」イメージのあるケヴィンの回答もいたって明晰、つまり彼は「自分のやりたい事がちゃんと分かっているタイプ」の人だということです。さて、ポピュラー音楽というのは市場で取引されるものなので、多かれ少なかれマーケティングの要素が介入するのは避けられないのだけれど、とりわけ『Loveless』が輝いて聴こえるのは、そういった外部からのアドバイス(サウンド・エンジニア含め)をまるで無視して製作されたからではないか。イメージしているサウンド全体の響きを実体化すべく長期間スタジオを渡り歩いて「実験」に明け暮れていたという彼のコメントがそれを裏付けてもいるような気がします。マーケティングの外にあるもの、それはまさしく「実験」なのです。

残光
小島信夫【著】:新潮社(2006年)
先月読んだ「寓話」のインパクトが非常に強くて、そんな小説を書いた小島信夫の、では90歳(!)で書いた最後の小説が一体どうなっているのか興味が湧いた、というのがこの本を手に取った理由です。本書にエピソードの一つとして出てくる青山ブックセンターでのトークイベント、05年当時、実際に僕はそのイベントを観覧したいなあと思っていたもののあっという間に予約完了、まあ、普通にサラリーマンしていたらネットからの予約も難しいわけで、今思えば非常に惜しいことをしたなあと思います。さて、ではこの小説の読書感想をどう書けばよいか…なんて考えているのですが、以前読んだスタニスワフ・レムの小説に「ビット文学」という、コンピューターが独自の言語で物語り始めた時代について言及していたものがあって、もしそんな頭が良いのか悪いのか分からないけれど、とにかくブツブツとつぶやきたがるコンピューターに簡単な日本語文法則を仕込み、そのレイヤーの上に小島信夫という人物の書いた著作物とか、人間関係などの情報を適当にぶち込んだら、ダラダラとこういう小説を吐き出すんじゃないか、とそんな失礼極まりない想像をしたりしたのですが、例えばかつて自分で書いた小説を初めて読み返してみて非常に驚いているなんて件や、過去の作品からの非常に長い引用、また幾度も繰り返されるエピソード等は、僕のそんな勝手な想像をかき立てるのに十分な理由になっているワケです。もちろん斜に構えてみれば、周到に練り込まれた過去の作品の宣伝活動としても機能しているワケで、おそらく来月の当読書ページには小島信夫の過去作品、短編集などが掲載されるハズです。
ヒトコトメモ
■「実験」がそのまま「ポップ」に接続される状況を成立させるのはどういう偶然が折り重なった場合なんだろう…とか考えている最中です。いや、マーケティングじゃなくて。
