連載第10回
2012年5月18日
「コーヒーピープル」川口葉子

 非常に長く、故にとても分厚くて手に持っているとその重量で疲れてしまう小説全3巻を先日ようやく読み終え、その反動もあって気分転換にライトな本をさらっと読んでみたいと思い、立ち寄った近所の本屋でたまたま目に入ったこの本、川口葉子著『コーヒーピープル』を手に取りました。

もちろん、東京カフェマニアのサイトを運営している著者ですし、タイトルからしてカフェにまつわる内容なのですが、ここで選ばれ紹介されているのは、店舗としてのカフェ、商品としてのメニューと言うよりはむしろ、オーナーその「人」。何となくタイトル前半のコーヒーに目が行ってしまっていたけれど、後半のピープルがメインなのか。しかしここで疑問が生じます。なにゆえ今ここで「人」なのかと…。

 ライトな本ですから文章はとても簡素で短い。しかし少し読み進むと言葉の端々に震災後の影響が少なからずあることに気付くのです。僕は昨年の震災後、その震災そのものに言及されたテキストは、ストレートに企画された『思想地図β vol.2 震災以後』を除いて全く読んでいなかったことに気付きました。意外にもこの「コーヒーピープル」は、震災後に書かれ影響を受けた文章として初めて読むものだったのです。

 登場するカフェは震災以前から営業しています。もちろん、オーナーの志やお店のコンセプトも震災以前に既に形作られています。しかしあの時を境にして何かが変わった。例えばそれまで当たり前のように世間で共有されていた価値観のようなものは多くの人の中で一端バラバラに解体されたのではないでしょうか。そんな体験を経た今、以前からほとんど変化せずに小さくお店を続けてきているオーナー達の生き方が、震災以降への何かしらの答えを内包しているように感じられるのです。そんな彼等に共通してみられるのは、例えば「競争しない」という態度。競争しないで飲食業界で生き残れるワケがない、というのはごもっともな指摘、では何が彼等を彼等のままで存続させているのか?「競争」を置き換えているのは何か?それは気が付いてしまえば至極単純「ユニークである」ということです。コーヒー業界のみならず、あらゆる分野においてもユニークな存在でいること。図らずもそれは小さな空間を介し人と人をどんどん繋ぐ役目を果たすのです。時にストイックとも言える彼等の態度は、喩えるなら強く興味を抱いた対象をとことん突き詰めてゆく「研究者」とも言えるのだけれど(先日鑑賞したドキュメンタリー映画『ピアノマニア』の調律師も言っていましたっけ「これは苦悩ではなく研究だ」と)、好きな事に没入している人は大抵オモシロイ。そんなオモシロイ人は小さなコミュニティに必要不可欠、いや、そんな人の周りにコミュニティが生成されるのかもしれません。たまたまそんな場にコーヒーがあったら…。それはそれはくつろぎの場となるのではないでしょうか。