連載第33回
2013年5月18日
シガー・ロス@武道館

 前回がビョークの来日公演だったので、もう何年ぶりでしょうか…というくらい久し振りの武道館。歳相応に記憶の薄れっぷりも激しくて「はて?最寄り駅は何処だったっけかな?」と思ったくらいだったのですが、ほどなくして「九段下」というフレーズが思い浮かんだのは爆風スランプの大きなタマネギにまつわる歌詞の一片が頭の片隅に記憶されていたおかげです。そんなこんなで開演30分ほど前に改札を出て武道館へ向かう道すがら同じ方向へ向かう人々を見るとやはり年齢層はかなり若く、今年3月のThe Crimson ProjeKct 来日ライブの時とは全く違い、どことなくフレッシュな風景に見えたりするのは、なにせシガー・ロス自体が1997年デビューだから当然と言えば当然。館内に入り座席を目指して移動している最中、ちょうど目の前を歩いていた学生とおぼしき女の子二人組が「わたしKRAFTWERKのライブ行ってきたー、感動、神降りてたー」と会話しているのを耳にして、二回りも下のヤング世代ではこの国特有の神の隣人っぷりがどんどん進行しているのも実感したりしたのでした。実際、その神様はこのようにフレンドリーな隣人っぷりを体現しているようです。

 実は、これまでDVDなどで彼らのライブ映像は見てきたけれど、実際にシガー・ロスのライブを体験するのは今回が初めて。チケットを取ったのは昨年11月だったのですが、その際に気になったのは今回のツアーのコンセプトはどう設定されているのかということでした。僕はこれまでのシガー・ロスのアルバムの中でも特殊とされる、どちらかというと編集作業に重点を置いて制作された印象のある『Valtari』が、昨年最も繰り返し聴いたアルバムとしてベストに挙げたほど大好きで、その後のツアーということもあり、その『Valtari』を中心に据えたコンセプトのライブを行なうのかなと考えていました。そしてその場合の観客の反応は一体どのようなものになるのか興味津々だったのです。しかしそうこうしているうちに最新作『Kveikur』の発売が告知され、では今回のツアーはそのニューアルバムの楽曲を中心に構成されるのかしらん、と思ったのだけれどアルバム発売日はライブの後の6月12日ということでそういう構成では無理がある…さて、どうなるのか、とまあ、そんなことを考えながらSOLD OUTしたという満席の武道館に圧倒されているうち照明が落ちました。

 開演1曲目は聴いたことのないイントロとメロディだったので、確信出来ないながら新曲ではなかろうかと思いました(中盤にもニューアルバムから既出の新曲を披露)。セットリストや公演内容の評などの詳しくは他に譲るとして、その後は聴き馴染みのある楽曲が続き、個人的に期待していたような「尖ったコンセプト&演出」ではなくて、今回のライブは古いファンも新しいファンにも偏りなく楽しめるような、ある意味無難な構成だったと思います。とは言え、比較的知られた曲であっても観客が一体となって縦に揺れたり横に揺れたりするようなタイプではないし、ドラムやパーカッションはあってもリズムの主導を取ってビートを刻んでいく類でもないからプレイ中に手拍子を打つこともほとんどありません。プレイ中に(観客側が)これほど静かなライブというのも珍しい。もちろんパフォーマンス自体はさすが代替不能な彼ら独自のものがあって意識はステージやバックスクリーンの映像などに集中しているのがその理由であり、曲間ではちゃんと拍手も送るのですが、演目が進み佳境に入り次第に場の空気が高揚してゆくその熱量を僕らは一体どこで放出すればよいのか。答えは単純でした。

 ライブもついに終盤、アンコールを迎えラストの印象的なフレーズが尖ったノイジーなギターの音色で何度も何度もリフレインされるなか気持ちは最高潮に達し、全てのパフォーマンスが終わった後、その溜まりに溜まった熱量は割れんばかりの大きな拍手の音響に変換されたのでした。とても(意味は)単純で、(手段は)シンプルな回答。彼らの奏でる音も大きかったけれど、突き刺さるような終曲の轟音に負けないくらいの優しい大音響で返礼した、そんな感じ。いや、僕はこの全部が終わった後の観客席側から惜しみなく続く大きな拍手の響きに本当に感動してしまい、おかしな話、今回のライブで一番気持ちが盛り上がったのはこの時ではないかと思うくらい胸が熱くなりました。ここに来てまた何か覚醒するようなポジティブなライブ体験が出来て感謝することにやぶさかではありませんが、差し当たり誰に感謝すればよいのやら、残念ながら神様は近くに見当たりません。