連載第49回
2013年10月6日
My Bloody Valentine マイブラ@東京国際フォーラム

 去る9月30日の月曜日、もう何度目の来日になるのか「今年はやけにマイブラって耳にするなあ」と、もはや特別レアなイベントでは無くなってしまった感じもしないでもない、My Bloody Valentineのライブに馳せ参じてきました。とは言え、僕個人にとってはマイブラのライブ初体験ということもあり、既に一般的なファンの間では有り難みが無くなろうが、マンネリ感が出てこようが全く関係ありません。初めての出逢いならば、それは常に新しい体験に違いないのです。
 それにしても、このライブが告知され、運良く抽選に当選しチケットを確保してから、本番当日までの間に気になっていたのは会場が東京国際フォーラムだということ。実はこの会場でのライブ、もう何年前だったか、かのジョアン・ ジルベルトの来日公演で訪れたのが最初で最後(と書いた後にちょっと調べてみたら2004年10月7日の再来日公演でした。もうそんな昔なのか!)。ジルベルトの演奏中、彼の歌声と彼のつま弾くギターの音の隙間を静寂が柔らかく満たしていた…そんな印象があまりに強く残っているのとは真逆に、マイブラにはオールスタンディングのライブハウスや野外フェスのイメージが付き纏っているせいもあり「あんな上品なホール会場に轟音ギターのマイブラを招致するという感覚がよく分からない」とずっと懸念していたのです。しかしそれは杞憂でした。今回は珍しく構成を変更し結論から先に書いてしまいます。

この夜のパフォーマンスは、とてつもなくスペシャルな体験だった。

 少々大袈裟とは思うけれど、今回のライブにおける強烈な印象は今なお脳内で時折再現されており、僕個人の中でも記念的体験として深く刻印されてしまったようです。

場内アナウンス萌え

 JR有楽町駅を降り、ビックカメラで新しいiPhoneなど手に取ったりして眺め回した後(買う気ゼロ)、ホールAのある会場へ。入り口でチケットを差し出し、もぎりと同時に例の「耳栓」を受け取りました。9年ぶりとなる国際フォーラム、少し場内を歩くとかすかに残っていた記憶もほどなくして鮮明に蘇り、そうそうトイレはここだったと用を済ませ、しばらくロビーの椅子に座って時間を潰していると、いよいよ開演の時刻が迫ってきたというお決まりの「お知らせ&いろいろ警告」場内アナウンスが聞こえてきました。

その女性の声の可愛いことと言ったらもう。

 こんな声で毎朝起こされたいものである…いや、この人をボーカルにした曲を作りたい。今、この会場の何処かに在るアナウンス・ルームに、その女性は居るのである…会ってみたい、と思っていたら照明が落ちました。まずはゲスト・アクトとして相対性理論のパフォーマンス。実はワタクシ、これを書いている時点で彼らの音楽に接したことがなくて、つい先日ラジオで1度だけ楽曲をフルで聴いたことが在るだけなので、ここでは特にコメントしないままにしておきます。ところで僕の左隣の席が、残念ながら急な所用で都合がつかなくなってしまったのかずっと空いていて、さらに右隣の女性は相対性理論のライブが終了した後、30分休憩の間に席を立ってそのまま消えてしまったのですが、ということはこの日、相対性理論だけを聴きに来たファンだったのでしょうか…。熱いファンに支えられて羨ましい限りです(そんなわけでメインのマイブラ演奏中、僕の両隣はずっと空席、至極リラックスしたお気楽な体勢で楽しむことが出来ました)。

さらに赤いビリンダ萌え

 以前から何度も繰り返し書いているように、僕はもう体力的に2時間近くもスタンディングで演奏に聴き入ることが非常にツライ歳。ライブに行くならちゃんと指定席に着席出来ることが必須です。もちろん場が盛り上がって周囲が起立して踊り出すのは構わないのですが、僕自身は多少ステージが見えにくくなっても、可能なら座っていたい。果たしてこの国際フォーラムで観客はどのような態度でマイブラに臨むのでしょう?前座の相対性理論では始終観客は座っていたのですが、それはマイブラのファンがほとんどだから静観していただけなのか。

 そしてようやくメンバー登場。待ちに待ったライブが始まりました。以下、ざっくりとひとまとめに当日のセットリストです。

1. Sometimes
2. I Only Said
3. When You Sleep
4. New You
5. You Never Should
6. Honey Power
7. Cigarette In Your Bed
8. Only Tomorrow
9. Come In Alone
10. Only Shadow
11. Thorn
12. Nothing much to lose
13. Who Sees You
14. To Here Knows When
15. Wonder 2
16. Soon
17. Feed Me With Your Kiss
18. You Made Me Realise

 1曲目は意表を突いて「Sometimes」。僕が彼らを知ったのはこの曲がきっかけだったりするので、なかなか感慨深いものがありました。この時の音量は然程大きくもなかった気がするのですが、曲目の進行に連れて次第にデカくなっていき、途中で「耳栓した方がいいかなあ」と思ったりすること幾度か。一度、ある周波数のピークが左耳の鼓膜を直撃し、危うく損傷する前にすぐ指で耳穴を塞ぎました。これまでヘッドフォンで音楽聴くときも音量小さめにしたりして、ずっと大事にしてきた耳なので、ここで痛めるワケにはいきません。

 さて、気にしていた観客の様子ですが、何と驚くべきことに始終皆行儀よく着席したまま音楽に聴き入っていました。これは俯瞰で見たらかなり奇妙な状況だったのではないか。ロック・ミュージックが大音量で演奏されているのに、みんなステージを礼儀正しくただひたすらに「凝視」しているだけなのです。不思議な光景で感動を覚えたり。僕としては前面で繰り広げられている出来事に全神経を集中することが出来、非常に助かりました(もしかして起立はダメとか事前の禁止事項があったのでしょうか?)。

 各楽曲についての細かい印象などは、これまでのライブ・レポート通り割愛してしまうのですが、しかし、音楽とは別に始終視線を向けてしまったのは赤い衣服に身を包んだビリンダ・ブッチャー。さすがに表情が分かるような距離では無かったのだけれど、あの空間に赤は美しく映えました。時折エフェクターボードに差し出すか細い脚にも、もちろん赤いストッキング、さらに赤いハイヒール。とにかくフェッティッシュな出で立ちでエロ可愛く、そしてギターをかき鳴らしつつも直立不動で歌う姿はまるで東海林太郎。萌えた。

そして問題の「ノイズ・ビット」約9分間

 当初、今回の音響について僕は、閉空間とラウドな音量によって各パートの境界がぼやけ、演奏は全て曖昧に白濁したようなノイズになるのではないかと予想していました。しかし実際には、意外にもそれぞれの楽器は始終非常にクリアな音像で聞こえ、その輪郭を保ったまま音圧を上げて来るという、驚きに満ちた音響設計がなされていたのです。一体何を弾いているのか分からなくなるギリギリ直前のところで踏みとどまっている感じ、つまり、それは確かに「音楽」であり、僕らは音楽を「聴いていた」のです(音があまりにラウド過ぎて始終笑っていたような気もします)。しかし最後の演奏「You Made Me Realise」における問題の轟音パート「ノイズ・ビット」が訪れ、状況を全て変えてしまいました。

 よくF1レースを実際に見に行った人が感想を言う時、ほとんどの人が「一番驚いたのはスピードではなく、その音だ」と言います。僕も学生の頃に自動車好きの先輩に連れられ鈴鹿へレース観戦しに行った事があるので良く分かるのですが、爆音ではあってもそれはやはり「音」でした。
 しかしこの「ノイズ・ビット」は果たして未だに「音」なのか?もはや音楽で無いのは明らか。突入してからしばらく経ち、今全身に受けている衝撃(毛穴の中の垢までも振るい落とされるような振動)をどう言い表せば良いのか疑問に思い始め、そもそも全員大人しく着席しているようなライブで「身の危険を感じる状況」ということが有り得るのか(突然気が触れて暴動が起きるワケではなく、鼓膜が危ういという事)?一瞬、再び耳栓のことを考えたのだけれど、ここは目の前の危険に身を晒したくなる誘惑に乗ってみることにしました。

 先に書いた通り、僕はマイブラのライブは初めてなので、過去にあったライブと今回のパフォーマンスを比較することが出来ず、この瞬間、目の前で起きていることを絶対評価するしかありません。しかしこれは他と比較するまでもなく、何かとてつもない事が起きているという確信がありました。とににもかくにも、圧倒的だった。とかく彼らに言及する際に使われる爆音とか轟音とか、そんな未だ「音」である状態を超えて、まるで別の様態へ変質したような感じ。波形で見れば真っ黒な海苔状態のパツパツに張った音圧でありながら、その中にチリチリと高速ブラウン運動をする細かな粒子が無数に蠢いているのが「見える」感じ。それらがステージ全面から一瞬も途切れる事なく、無限に連続で繰り出して来て真っ直ぐ体当たりしてくる感じ。

こりゃスゲェ…。

と、いまだかつて体験したことのない感覚に歓喜しました。地球の重力を振り切るため、必要な膨大なエネルギーを一気に噴射して飛び立つロケットに乗り込んでいる宇宙飛行士達は、おそらくこれに似た激しい振動と音響を長時間全身に浴び続けるのではないか。苦痛と快楽を伴って宇宙に向かって飛んでくような…そんな事を想像していたら、ホント、気分はトリップすることなく正気を保ったまま(←これ重要)宇宙に行ってしまいました…。

 今回の体験は果たして「音楽のライブ」カテゴリに括るべきなのかどうか、まだ判断がつかないのだけれど、この特別な9分間の出来事は今後も記憶の中、身体の中に鮮烈に居残るような気がます。バンドのメンバー、スタッフの皆様、貴重な体験をさせていただき有り難うございました。でもこの素晴らしい記憶をうっかり上書きしてしまわないよう、もうマイブラのライブには行かない気もします。ごめんなさい。ちなみに僕の席は1階右寄りのスピーカー前から30列目でした。

全演目終了の場内アナウンスで再びあの声が。やはり可愛い声してるじゃないですか、アナウンスだけに使っているのはとても勿体ない、是非ボーカルにしたい。ちなみに鼓膜は何事もなく無事に機能しています。逆に長年こびりついた垢が振り落とされたかのようです。