昨年だったか、ネットの動画を偶然見かけてその存在を知ったROLIというメーカーの新感覚キーボード(タッチボード?)の新製品が、遂に日本代理店(mi7 エムアイセブンジャパン)も決まり、店頭販売が始まった。個人的に期待大だった新しいコントローラー「Seaboard RISE 25」その原物に、都内某所でごく短い時間だったが触れてきた。
keyboardではなく、Keywaveと呼ぶ
液晶モニタに穴が空くくらい、じっと紹介ビデオ動画に目を凝らしてみても、そのシリコン製のコントローラーが一体どのような感触なのか、「たぶん、あんな感じなんだろうな…」と想像することしか出来ない時間をやり過ごし、本日、満を持してMacBook Proに接続されているリアルなソレに触れてみた。
プニョプニョやんけ。
果たしてそれは斜め上をゆく柔らかさだった(自分の想像はもっと固くて安っぽいものだったのだが)。この感触を言葉で伝えようと、これに似た物を喩えようとしても、日常で触れるもので適当なものが思いつかないというか、少し余計な想像を働かせて言えば「ちょっとエロい」感じがしないでもない。
彼らはこのエロチックなシリコンパーツ部をkeyboardではなく、Keywaveと呼ぶ。確かにレガシーな鍵盤構造は元より、そもそも稼働パーツが無いからこれまでのようにkeyboardと呼ぶのはちょっと抵抗があるのかもしれない。何より「これは全く新しい製品なのだ」という事を主張しようとするなら、造語で攻める方が良いという気持ちも分かる。が、個人的にはこのSeaboard RISE、全く一枚板なので、どちらかと言えばまんま「Board」なのだが…。
弦のタッピングに近い?
もう少し真面目に書くと、僕の経験上ではこのKeywaveを指でたたく感じは(そのプニョプニョの柔らかさを横に置いて)Chapman Stickのあの緩い弦をタッピングしている感覚に近いような気がする。というのもこのシリコン部材、非常に感度が高いのである。弱く叩いてもしっかり「押された」と感じ取っているのは、専用のソフト音源の出力やグラフィックの反応を見て確認出来るのだが、この感度の高さが全く想像以上で、従来のアフタータッチ付き鍵盤の「指の骨が折れるくらい思いっきり強く押し込まないと感知してくれないし、しかもその感度が悪くてほとんど0−1のスイッチみたいな信号しか吐いてくれない」ような低クオリティの物とは雲泥の差があるのだ。
そう思った。これでようやくCS-80の呪縛から解き放れた。もうCS-80の中古のことやら、いつまで経っても再び現れることのなかった理想の鍵盤機構の事などは忘れてしまって良いのだ。
製品全体の質感の高さ
さらに驚いたのは製品としての質の高さ。当初、プラスチック成型の安っぽい物をイメージしていたが、それは良い意味で裏切られた。どれくらい軽いのかと思い、片手で掴んで少し浮かせてみようと思ったのだが予想に反してずっしりと重く、慌てて両手で持ち直した。調べてみると2.8kgもあるということで、MacBook Proの15インチモデルより重いのだ。この重量は内蔵しているバッテリーのせいかもしれない。筐体も頑丈そうだ。
気になるアフタータッチの扱い
さて、個人的に気になるのはアフタータッチ出力。店頭で試すことが出来たのは、Seaboard RISEに付属している専用ソフトウェア音源「Equator」で、それがkeywaveから出力される多彩な信号をあますことなく受け取って敏感に反応するのは当然だろう。しかし個人的に気になるのは、keywaveの「Press」信号を、アフタータッチ信号として旧来の外部音源に送ることが出来るのか?という事なのだが…どうやら現状の仕様では、まだその機能を備えてはいないようなのだ。誤解なきよう書き添えておくと、キーノートやヴェロシティのような基本的な信号はDAW等を介して普通に外部へ送れる。詳細な情報がネットにもまだ見当たらないので、あくまで憶測だが、MIDI CC関連情報はkeywave左横にある3本のスライダーやXYパッドに任意にアサインしてコントロールする事は可能なものの、keywaveの信号出力をCCにリアサインする事は出来ないらいしい。この辺りの仕様については、今後ソフトウェア的に対応されていくのかどうか期待を持って注目したい(もちろん上述の憶測が間違っていたら嬉しい)。
ただ、付属の「Equator」自体はROLI製品専用に作られているだけあって、Seaboard RISEとのコンビネーションは素晴らしい。Press信号を受け取る際のカーブの曲率等も自由に書き換えられるから、個人差による指圧の感度調整も問題ない。そもそも、高度に進化し多彩な音色を作れるようになったシンセサイザーがただの「オルガン」然とした状態に堕しているのは、古い鍵盤機構の旧態然としたダイナミクス表現が音色に活かされていないからだと以前から思っていたのだが、このSeaboard RISEとEquatorのコンビでその不満は無くなるのではないか。たとえEquatorの音源部が他の熟成された最先端のソフトウェア音源に数世代劣るとしても、keywaveコントロールによる「自由自在な音色の時間変化」がもたらすダイナミック感はそれを超えた楽器としての存在感を醸し出すことに成功しているように思う。巨大な電子パーツの塊だったCS-80が奇跡的に「生楽器感」を得られたように。
もしPress信号をアフタータッチに置き換えられるのなら、手持ちの古いハードウェア音源に本来発揮できたはずの生命力を与え蘇らせたいと思うのだ。思うに、何故シンセメーカーは必死になってピアノタッチのフィーリングを与えるべく努力してきたのか。それでは…シンセがシンセではなくて結局ピアノかオルガンになってしまうのは当然ではないか。
ところで目下、僕を悩ませているのは25keywaveと49keywave、どちらを選択すべきかという問題だが、先立つものを如何にしてかき集めればよいか。手持ちのMIDIキーボードを下取りにして置き換えてしまった方が、音楽的に展開するんじゃないかというくらい、Seaboard RISEの感触は毎日触るのが楽しいかもしれない。エロいし。
注:当記事のSeaboard RISE仕様に関する記述は憶測を含みます。
2016-03-06 > Musical Instruments & Gear