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放談ラジオ

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放談ラジオ ― 連載第48回

『フラッシュ・ディスク・ランチ(FDR)』のススメ

2013年9月16日  

 「音楽が売れなくなった」という文言には事実と異なる表現上の陥穽があって、それは必ずしも「音楽が聴かれなくなった」ワケでは無いということです。売上高という見かけの数字の上では確かに減少傾向が認められるのでしょうが、印象とは裏腹に再生デバイスの進化に伴う視聴状況の変化は決して人々から音楽を疎遠なものにさせているわけでは無い、というのが、一度は音楽の売れ行きや将来について考えを巡らせ、関連資料に目を通したことのある人の間では共通認識となっているようで、僕自身も大方同意です。しかし個人的に、(音楽が聴かれなくなったワケではないとしても)商品としての物理的な「音楽パッケージ」の売り上げは実際にじわじわ減りつつあるのだろう…という感覚は持っています。では何故、CDというパッケージが売れなくなったのか。ここ日本ではまだしぶとくCDパッケージは(そこそこに)売れているようなのですが、アメリカなどではiTunesを始めとするデジタル配信の勢いは止まらず、一部マニアの間でバイナルが再び脚光を浴びているという状況はあるとしても、CDという前世紀の規格がいつまで生き延びることが出来るのか、というのはもはや時間の問題なのでしょう。では改めて再び問う、何故CDが売れないのか?僕の中ではその問いかけについて確固とした一つの答えを持っています。

プラケース、その悪名高きシール留めが悪い(注:欧米限定)。

 輸入CDショップなどで気になるアルバムを購入し帰宅、いざCDを開封しようとしたまさにその時、この「PULL↑」と書かれたシールが貼られているケースに遭遇した時のガックリ感、貴方も経験したことありませんか。

 ご存知の通りこのシール、メチャクチャ剥がし難い。どうしてこんなに剥がし難くしちゃったのか、日本では絶対在り得ないこんなシールを使ってしまう理由が思い付きません。そして「一刻も早くこのCDを聴きたい!」という気持ちを一瞬にして萎えさせるに十分な頑固さを持つこのシールと格闘しているうち、

「いや、もしかして外国人もこのシールにはうんざりしているのではないか…」

 ということに気付いたのです。つまり、CDが売れなくなった理由を社会・経済・心理構造的に探るのは大きな的外れ、その原因は目の前にある「ぷるシール」、唯そこにあるのです。たぶん。
 一度この「ぷるシールの貼られたCDケースの悪夢」を体験すれば、わざわざプラケース入りCDを買う事のバカバカしさに気付くのに然程時間はかかりません。ダウンロードで音楽を買うことの方が今の再生環境では何かと都合も良いし、安っぽいただのプラスチックケースを自宅に山積みすることは(さして見栄えも良いワケではないし)非効率極まりないのです。

そもそもプラケースに意味はあるのか?

 では、粗悪なPULLシールなど使った日には瞬時に消費者からのクレームで撃沈されるのがオチの日本ではCD購入を妨げる物理的問題は全くないのか。実は先日、大手CDショップでオンライン購入したプリシラ・アーンの新作アルバム『ここにいること』が届いたのですが、残念なことに、プラケース表面に若干のひび割れがありました。
 店頭で実物を手に取って目視していれば、お店のスタッフに「これ、割れてますよ」と逆に教えてあげられたかもしれません。しかしなかなかCDショップに出向く時間も取れなくなった今、手間を省いてネット経由で買い物をするとこのような面倒に巻き込まれてしまうこともある…。いや、今となってはCDプラケースなぞにはこれっぽっちも価値を認めていないので、グシャグシャに割れていようが一向に構わないのですが、それを使ってパッケージしているといずれ遭遇することになる今回のような事故は、そもそも、プラケースを使っているからこそ起こるのです。プラケース、もう要らないんじゃないか?

フラッシュ・ディスク・ランチ(FDR)参上

 お待たせしました。そこで『フラッシュ・ディスク・ランチ CDソフトケース(50枚パック)』の登場です。一般にCDソフトケースを呼ばれるこれらビニールを使ったパッケージは、CDプラケースの持ついくつかの弊害(割れたり、場所を取ったり)から消費者を解放してくれます。この種の商品はいくつかあるのですが、今回は長い間愛用しているFDRを用いてCDをリパックしていく様子を紹介。

 細かい解説など不要、写真を順に見ていけばその手順などすぐ理解できます。CDを内袋へ入れ、CDプラケースは分解してジャケ&裏ジャケを取り出し、一緒に重ねてFDRに収納するだけ。

 あっという間に入れ替え終了。分解して不要となったプラケースはプラスチックごみとしてリサイクルに出します。しかし、手元に残った破損プラケースだけを眺めていると、100円ショップで数枚組で売られているようなケースにもはや価値は見い出せないなあ、と思います。

FDRの効用

 FDRはその説明にもあるように、CDケースの1/3の容量までパッケージの厚みを圧縮します。数枚入れ替えただけだとその効用は実感しにくいのですが、数十枚入れ替えるとその効果が視覚的に見え始め、数百枚〜千枚以上ものCDを所有している人であれば、それらを全て入れ替えた時に感動を覚えるはずです。あれだけ場所を占有していたCD達が、驚きのコンパクトさにまとまって以前の1/3の面積で棚に収まってしまうのです。

 10枚くらいだと、こんなもんかという感じだけど、枚数が増えてゆけばそれに比例して、効果は顕著に現れてきます。ちなみにFDRは2枚組収納タイプもあります。

 今回、CDパッケージに辛く当たっているような印象を与えたかもしれませんが、「さすがにプラケースはもう卒業したいな」という主旨で書きました。なので音楽のパッケージ商品に全く未練が無くなったわけでもありません。個人的に思い出の詰まっているアナログ盤はまだ押し入れの奥に大切にしまってあるし(デカくて見栄えがする!)、お気に入りの紙ジャケCDパッケージも同様。使われている紙の材質や形状・厚み等にも好き嫌いの拘りがあったりするのですが、逆にもしかしたらプラケースと同じく、旧態然とした規格のままの「CD盤」自体にも興味が無くなって来ているのかもしれません。では、最近登場してきた高音質CDメディアはどうかと言うと、もちろん関心はあるのですが、やはり録音時のクオリティからは間引き(圧縮)されていることを考えると、音楽を未だ物理メディアを媒体としてユーザーへ届けること自体に果たして意味があるのかどうか…。そう考えると、フェティッシュな嗜好に振り切ったVinyl(バイナル)パッケージが音質的にも視覚的にもマニアの間で再評価されているのが、納得出来る気がします。

ちなみに僕はFDRへ入れ替える際、ジャケットや歌詞カード等を Canon フラッドベッドスキャナー CanoScan 5600F を使い、600dpi程度でスキャンしてiTunesライブラリ内の同一ディレクトリに保存しています。同時にAACファイルにアートワークとして埋め込んで、iTunes再生中にジャケ表示する際、レコードのジャケットサイズくらいの大きさに拡大してモニター表示させておくと「アナログ盤を聴いていた頃」の気分が出るのです。