連載第49回
2009年5月9日
氷の国の音楽事情

 北欧を成す一国のアイスランドで、現在活躍しているポピュラー音楽のミュージシャン達を紹介しているこの映画を観たのは2年前だったか、すでにメジャーとなって多くの人に知られているビョークを始め、シガー・ロスやムームといった日本でも馴染みあるバンドから、それはもう初めて見るヘンテコリンなバンドまでなかなかバラエティに富んでいたのですが、では感想文を書いてみようか…と思ってみたものの、どうアプローチしてよいのやらちょっと考え込んでしまいました。確かにここに聴き取れるのは北欧的な音であるかもしれないのだけれど、個人的に好きなエレクトロニカ系の音楽など、南米アルゼンチンからも似たような響きを持つ音楽が出てきたりしているし、もちろん普通にヒップホップをやっているグループもあれば、ギター一本で弾き語りしている人もいる、つまり大雑把にポピュラー音楽と括れてしまうものは、今や世界同時多発的にあちこちで多種多様な音楽形態で入れ替わり立ち替わり生まれている現状を鑑みるに、いわゆるアイスランド固有なものというのは果たして何なのだろうか、と。どうにかしてそれを見出すとしたら、おそらくネイティブの言葉であるアイスランド語で歌われるものの中に何かがあるのかもしれないとは思うのですが、僕個人は普段音楽を聴く時に、その音楽がどの国から生まれてきたものなのかは然程気にした事が無いし、何語であるかも気にしない、そもそも歌詞を然程重要視していないし(何かしらのメッセージを込められてもスルーしちゃう)、揚げ句の果てはアーティスト名とか、さらには曲名も覚えるつもりが無いという始末(他人と会話するときに、その音楽を曲名で伝えることが出来なくて困る→口ずさむ)。当然、本人の容姿なんてまるで関係ないし、そこに鳴っている音の響きが「好きか嫌いか」というシンプルな基準で全て決まっているわけで、音楽が何に帰属しているのかという事には全く関心が無いのです。

 さて、そんなこんなで感想文に手を付けぬまま2年という時間が過ぎていくうち、とてつもない事態が起る。アメリカ発の世界同時不況が、この人口31万人の小さな氷の国に大打撃を食らわせ、かつてのアルゼンチンの如くほぼ破産状態に陥ってしまったのは知る人も多いでしょう。特に資源が豊かでもなければ工業生産物もなく、昔から漁業中心の一次産業に支えられていた国の経済が、どうやってこれまで回転していたのかと言えば、巧みに金融産業に頼っていたからなのですが、その経済構造が昨年一気に崩壊してしまった…。

 もし、この映画で紹介されていた「この国では音楽に関わる人が非常に多い」という特徴が、生活の「余裕」から成り立っていたとするなら(あくまで仮定だけど)、実は今こそ再びアイスランドの音楽シーンに注目すべきではないかと思ったりするのです。ある意味、大金を一瞬のうちにスってしまったと同時に自国のプライドまで崩れ去ってしまったかもしれない状況の中で、果たして音楽はどのように機能するのか。もう音楽活動なんて贅沢な行為に携わっていられるような状況でないのか、それともそんな困難な時だからこそ力強いメッセージを込めた音楽が生み出されるのか、音楽そもそもの原動力に関わってくる事もあって興味が尽きません。例えば、昨今のいわゆるJ−POPの歌詞に見られるような、一見世の中に普遍的と思える「そのままでいいんだよオンリーユー」的な詰らない応援ソングなど、今のアイスランドにはほとんど実効的な意味が無いのではないかと思えるのですが…。電気が止まってしまえばアンプすら鳴らせないのですし、僕のように趣味として音楽制作を楽しんでいる人間でも、そのほとんどをコンピューターに依存しているタイプはただ呆然と途方に暮れるしかありません(注:アイスランドは電気止まってないです)。もし人が「そのまま」でいられるとしたら、経済的余裕がようやくその態度を支えてくれるのです。さて僕はただの皮肉屋でしょうか…何か複雑な気持ちになってしまいました。

ひと言メモ

監督:アリ・アレクサンダー/イルギス・マグヌッソン(2005年/アイスランド/87分)ー鑑賞日:2007/11/10ー

■以前ラジオでDJが「アイスランドの首都レイキャヴィークって凄く小さくて、下北沢くらい」ってコメントしてるのを聴いて笑ってしまいました。で、やはりそれだけ小さいと、みんな知り合い状態なんだとか。ホントかしら?
■ちなみに日本の都道府県人口を調べてみると、最低でも鳥取県の60万人。なので国の人口が31万人ってとてつもなく小さいことがイメージ出来ます。新宿区くらいの人数、という話。
■やはりね、音楽で世界進出するにも、英語で歌えることは重要みたいですよ。そして当たり前だけど、独自のものを持ってる事。基本的な部分で、西洋のまね事の多い日本人にはそれが難しい。以前あるラジオ番組でイギリス人に日本のポピュラー音楽を聴かせて感想を聴いている場面があって、普通のJ-POPにはまるで反応が無かった代わりに、「演歌」に物凄く反応してたのが印象的でした。ちなみにそれはサブちゃんでした。