連載第76回
2015年2月11日
『ガンバの冒険 Blu-ray BOX』で自分を語る

 昨年暮れに発売された、待望の『ガンバの冒険 Blu-ray BOX』を購入しました。何故、いい歳をしたオッサンがこんなTVアニメのBOXセットを買うのか?実際のところ映像作品のBOXセットを買っても、自宅でちゃんとした時間を取って見返すことは1度あるか無いかというくらい。実はこの『ガンバの冒険 Blu-ray BOX』もまだ開封すらしていないのです。改めて、では何故買ったのか?

是非、子供に見てもらいたい作品だから。

 正直に言えば、そこそこに目の肥えた今の自分にとって、何十年も昔に制作された映像の細部のクオリティについては残念に感じる部分が多いだろうし、既にストーリー展開も熟知しているから新しい発見も少なくなっているに違いない。だから自分で見返す必要はほとんど無くなっているのだけれど、しかしまだ世界が未知に溢れている子供になら、何かしら感じるものがあるんじゃないか。もちろんそう考えてしまうのは、毎日が発見だった子供の頃の自分が、様々な面で多大な影響をこの作品から受けたからです(たぶん)。とは言ってもまあしかし、学生の頃に予想した通り今の自分には子供も居ませんし、近所に仲の良い子供たちがいたら…とか、友人の子供がそこそこに大きくなったらプレゼントで…等といった状況を想定したのだけれど、どうやらそんな機会は今後もなさそうデス。

当時のあらゆる予定調和を覆していた

 小学1年生の美術の時間。担任の先生が「色の印象」について生徒に質問しました。黄色なら明るい・元気、黒なら暗い・怖い…みたいな回答を促すような質問でした。そして当たり前のように「赤色はどんな印象がありますか?」という問いに、みんなは「明るい・きれい・薔薇」というような回答をするのですが、僕はどうしても赤を明るいイメージに繋げられませんでした。当時の僕の頭の中では「赤は血の色」だったのです。もちろんそこから気分が明るいという連想は起きず、暗い状況に置かれたことによる結果としての血、であったのです。もし先生に指命されたら「血、暗い」と素直に答えたいと思ったのですが、そう返答することによる教室の雰囲気の変化(それ以上に担任先生の反応も気になったけど)は避けがたいな…とも考えました。まあ、子供でもその程度の想像力くらいはあった、というお話。
 その小学校は半年ほどで転校してしまい、新しい環境に移ってから新アニメ『ガンバの冒険』第一話「冒険だ 海へ出よう!」のTV放映を鑑賞したのですが、のっけからこちらの想像を裏切る展開に驚きました。

 町ネズミのガンバは海を見たことがない。「海を見てみたい」という単純なその一言が、ガンバと仲間たちを想像もしなかった過酷な冒険へ向かわせることになるのがこの物語。この第一話では当然、その期待の返答として「海」が目前に展開されるのだろうと思いました。その海は、光り輝く太陽と真っ青な空を反射して、きらびやかで透き通ったブルーであるはず。空にはカモメが2羽くらい飛んでいるに違いない。僕はその頃、ガンバと同様まだ一度も自分の目で実際の海を見たことが無かった(!)にもかかわらずそんな情景を想像したのですが、それはもちろんそれまでにぼんやり眺めてきたTV映像からの影響であることは間違いありません。
 しかし。ガンバを迎えた海は、降り注ぐ雨の中、真っ暗で黒く、どこまでも遠く闇に覆われていたのです。そこにあるのは「恐怖」だけ。しかもそのまま「青く透き通った海」は現れることなく、第一話は終わってしまうのです。あっけに取られました。
 続くエンディングでは、オープニングのお気楽ラテン系なノリとは真逆を行く、この冒険物語の最悪の展開を予感させるに十分な陰鬱さを持った「冒険者たちのバラード」。僕は一瞬でこのメロディ(反復が無く、最後まで展開してゆく)と歌詞の魔力に心を奪われました。ちなみにこのエンディングの絵は故・近藤喜文の筆によるもの。

飢えとの戦い

 『ガンバの冒険』は、始終、飢えとの戦いがその物語の中心を貫いています。主人公らは常に飢えており、如何にして食料を調達するかという課題が目的地までの道程に常に付き纏います。物語前半では、空腹が満たされること、十分に備蓄されることの幸福感がとても強く伝わりました(リンゴがいっぱい詰まった木箱の舟!)。しかし実は目的地に辿り着いた直後から飢えによる苦しみはより過酷さを増すのです。その「飢え」の描き方は徹底していて、この物語の裏テーマではないかと思えるほど。飢えは死と向かい合うことになり、また仲違いの原因にもなる。そして兵糧攻め(!)によっても引き起こされるし、また食糧は生命との取引材料にもされる。贅沢とは言えないまでも、しかし飢えない程度に食糧を確保することについて強い関心を持つようになったのは、もしかしたらこのアニメの影響かもしれません。

遊びとしての殺し

 白イタチ、ノロイによる島ネズミ達の虐殺は、もしそれが単純に食糧調達のためだけとしたら、単なる生存競争として普通に理解できたかもしれません。あるいは世界征服(のためにはネズミが邪魔)という目的であっても、設定上は問題なかったかもしれません。しかし子供心に驚愕したのは、その殺しがいわば「快楽殺人(ネズミだけど)」だったということです。実際のところ、食料にされてしまうという説明は若干あったものの、殺したネズミを食べる描写は無かったように記憶しているし、ネズミを玩んで殺すのを楽しむという動機は当時の僕には全く理不尽で理解不能。そこは『トムとジェリー』のように、仲良く喧嘩しているようなファンタジーとはまるで異質の世界でした。

 こんな残酷な物語を子供に見せるのはどうか、という意見もあろうけれど、少なくとも生きて行くうえで避けて通れない集団生活の中で、例えばイジメを客観視する助けになるのではないかとも思います。話は逸れるけれど、昔から僕はイジメと性衝動はシンクロ(もしくは同一)していると考えていて、だから決して無くならないし、年齢や性別・社会的立場に関係なく発生する。じっと観察してみてください。イジメの加害者達の目は、誰でも例外なく欲情しているのです。

人間との距離

 ガンバ達は擬人化されてはいるけれど、同じ世界に住まう人間達とは敵対関係にあります。ネズミの視点から、人間は巨大なモンスターとして描かれ、当然のことながら言葉を交わすような事はありません。ネズミゆえ、基本的に食糧調達は自然に生えているものを採取するか、人間が生産したものを横取りすることになるのですが、第15話「鷹にさらわれたガンバ」では負傷したガンバが、山岳ガイドをしている青年に簡単な治療を施してもらい、食べ物を提供される場面があります。この時、ガンバはネズミとして(服を着てるけど)沈黙し(言葉は封印される)、ただエサを与えられているだけの小動物に、つまりここでガンバは相対化されます。僕の中ではこの15話での人間との一瞬の交流も強く印象に残っているエピソードの一つなのですが、相対化によってこの冒険譚の舞台がより広がりと奥行きを持ったように感じられたのが理由だと思います。つまり、現実の世界と地続きであることの再確認です。

印象に残っている場面

 一晩語れるくらい、とてもたくさんありますが、長くなってきたのでここでは取り合えず3つだけ簡単に。

 23話「裏切りの砦」で高倉ネズミの一郎が、自分の運んできた米俵と供に火口を落下し激突死する場面。死ぬ直前、宙に差し出した手に水泡と帰した米粒が降り注ぐカットはとても強く印象に残っています。残酷で無情な場面ですが、今でももう一度見たいと思わせるような、演出も画の構図も台詞も、素晴らしいものがありました。

 分かりやすく言えば、この物語は『七人の侍』なんだけれど、彼らは決してヒーローになろうとしていたわけでは無い。しかし最終話での冒険者たちによる島ネズミ救出作戦の実行は、自分たちが生き延びるための方策は練り込んではいるものの、ガクシャによる計画説明時には自己犠牲の要請が多分に含まれます。言葉として説明出来てしまうところに、見ている僕はその文脈が持っている「複雑さ」に頭を悩ませることになるのです。例えば生命のバランス、飢えては不平不満を噴出させる島ネズミ達は、果たして自分達の命を賭して救うだけの価値があるのだろうか?等々。彼らを救うため、あるいは愛するもののために戦う、というようなフレーズは言葉にした途端、この長く続いた凄惨な小動物達の物語を人間側の論理に引き寄せて一瞬で陳腐化させる危うさがある。しかしこの最後の作戦実行中、海中から再び姿を現したノロイに、いわば脊髄反射的に空から飛びつくガンバこそ、ただ単にノロイがそこにいるから噛み付きに飛んだ説明無き迎え撃ちこそが、この冒険譚全体を象徴しているのではないか。理由はこれで十分に足りる、この動物的単純行動こそ崇高であると!(←この部分は高校生くらいに再放送を見て感じたところです)

 さて、最後の最後。意外にも主人公のガンバではなく、酔っ払いのシジンが詩のようなものを詠んでこの物語は終わります。脇役(それもオッサン)がラストを〆るという演出も、子供心に何か響くものがありました。振り返ってみると、僕は主人公ガンバのような生き方ではなく、このシジンのような人生に憧れたような気がします。

(2015-02-14追記:アニメーション監督の森本晃司(スタジオ4℃)はこの「ガンバの冒険」を見てアニメーターを志した、とインタビューで答えているのを読んだことがあります)

 もちろんオッサンになってからも魅力ある作品には多く出会いましたが、やはり子供の頃の出会いが人生に与える影響はとても大きいと思いました。上の写真はDVD-BOXで、同封されている復刻版冊子「メイキング・オブ・ガンバの冒険」には、今となっては貴重なインタビューが載っていて読み応えがあります(そう言えば昔LD-BOXも買ったっけ)。残念ながらBD-BOXには無いようです(未確認)。でもやっぱりこういう感想を大人同士で語らうよりは、まだ知らないものを初めて見る子供たちと一緒に再見したいね。