連載第57回
2014年3月10日
大浮世絵展

 もう先月の事になるのですが、江戸東京博物館で開催されていた『大浮世絵展』に行ってきました。実は両国で下車するのは初めてで、駅のデコレーションがほぼ「相撲テイスト」になっていたのは予想されていたとは言え、「1つ売りになるものがある」という事は、その街にとってホント素晴らしいことだと思いました。貴方の街にはそんなウリになるものがありますか?僕が住んでいる街・駅周辺はかなり寂れています。
 そんな事はさておき、展覧会と言えば終わりが近づくとやたら混むものと相場が決まっていて、僕が出向いたのは最終日より少し前だったのですが、それでもかなり激しい混み具合でした。展示されている浮世絵に近づくのも困難、という感じです。

 やはり題材のせいなのか、割合で言えば年齢層は高めだったのだけれど、鑑賞中に自分の横で何やら絵を指差し解説している老人がいて、そのお爺さんの横には見た目に如何にもデザイナーっぽい風貌した若者(でも30代後半な感じ)が2名ほど、ふむふむと頷いたりしています。なかなか列の進むスピードも遅かったものですから、その方の解説に耳を欹てていると、かなりこの界隈に詳しい人らしくてなかなか面白い。連れの若人も大きく頷きながら、歌麿の絵についての蘊蓄に感嘆しています。僕も「ほほう…」と声には出さないが一緒に頷いたり。

 展示は古い時代から順に、6期ほどに区分し作品群を括っていたのですが、第5期だったか突然鮮やかな「青」の色彩が目に飛び込んできました。その瞬間、それまで全く頭の中で忘れ去られていた記憶がフラッシュバック。だいぶ前、分子生物学者の福岡伸一氏がラジオ番組で、浮世絵の「青」が西洋絵画界に与えた影響について熱く語っていたのを思い出しました。確かに目の前にあるブルーはかなりインパクトがあって、この青を一体どうやって作り出したのかというのは、普段絵の世界とは全く関わりのない生活を送っている人間にも不思議に感じるところがあるのではないでしょうか。

 今回の展覧会に関わらず、個人的に出不精ということもあってなかなかイベントに出向くには気合いを入れないといけないのだけれど、玄関を出る直前、また電車に揺られている最中にも「ああ、面倒くさい。これで展示内容がつまらなかったらホント時間の無駄」なんて考えていたりするのですが、実物というか現物というか、やはり「本物を目前に見る」というのは素晴らしい体験でした。当時の職人による想像を超えた繊細な技術にも驚かされ(印刷やウェブの画像では絶対伝わらない細かさ)、いくつかの絵を見て何故かしらとても感動して泣けてきた瞬間もあったり(主題と構図のケミストリーかしらん)。しかし本来、浮世絵はそんな劇的で高尚なものでもなく、多くが当時の風俗描写を題材にした「売れるポップカルチャー」の大量生産品だったわけで、そんな中からスタイルを模索して生まれ出た誰もが知る名作、例えば富士をバックにした大波が、やはり大衆娯楽作品である『パシフィック・リム』の水の描写に影響を与えたという事実を知っていると、何かとても感慨深いものがありました。

今ヨーロッパ各地で人気を博している、枕絵や春画の展覧会ではありません。念のため。