連載第5回
2023年7月16日
Alesis Andromeda A6

「究極のアナログシンセをどれか1つ挙げるとしたら?」という質問があれば、しばし考えてこう答える。「Alesis Andromeda A6」と。

往年の名機、例えばJupiterやPS3000シリーズ、Prophet、Oberheimなど、かつて数多くのミュージシャンに愛されてきた機材は数多い。それらは各メーカーの開発者による設計思想が音にそのまま反映されていて、音色の「個性」になっていた。その違いを手元に置いておくため、シンセジャンキーの部屋はどんどん機材に埋もれてゆく。
しかし、それらの微妙な差異をリスペクトしつつ「もし、このシンセにあのシンセのあの機能が搭載されていればなあ…」と妄想することも常であった。

そんなアナログシンセマニアの夢を1台のボディに惜しげも無く詰め込んだのが、この「Alesis Andromeda A6」である。現在の世界情勢から見ても、今後これを超えるアナログシンセはもう出てこないと思うし、当時可能だったアイデアを全部詰め込んだ究極のマシンと呼びたい。
かつて、それまで高嶺の花だったデジタル・レコーディングを、VHSビデオテープを利用した民生機レベルに落とし込んだALESISという新参メーカーが、どういうわけか、既にデジタル音源が普通になって久しい時代に16ボイスのアナログという仕様で製品開発してきたのは驚きだったが、それまで長年抱いてきた「なぜあの機能を搭載していないのだ?」という既存メーカーの新製品に対する欲求不満を全て解消すべく、持てる技術を全て投入したモンスターマシンだったのはさらに驚きだった。

2基のVCOはそれぞれに必要十分な波形を持ち、それぞれにサブオシレーターさえ搭載。もちろんアナログなので、起動時には搭載された全オシレーターのオートチューンが発動する。ハードシンク&ソフトシンクはもちろん、リングモジュレーターもあるし、オシレーターへのモジュレーションは3スロット分もある。フィルターは12dBと24dBの2基、さらにバンドパス、ハイパス、モジュレーションも3スロット。エンベロープに至っては「いや、シンセで音作りするなら当然だろ?」とばかりに、当たり前のようにLinearとExponentialを遷移する!
その他にも書ききれない機能満載で、繰り返しになるが、もうこれを超えるアナログシンセはどのメーカーからも登場しないだろうと思う。今この時代に、そのようなシンセを開発することの意義や価値を見出せないだろうから。

他機種が、各々の思想に則った「狭く深く」ならば、Alesis Andromeda A6は「広く深く」であり、左右に広がるパッドやストリングス、デジタルオシレーターのようなリードやアタックの鋭いプラック、粘りのあるシンセベース、他社メーカーのアナログでは絶対模倣できないようなSE等々、音色の多彩さは全方位でカバーしており、さらに凄いのは当然のようにそれら音色をスタック出来るということである。まさに究極の1台にふさわしい、キング・オブ・アナログポリフォニックシンセ。リボンコントローラーのおまけ付きである。

これ以上書いていると機能説明で無限に文字数を使うことになるので、ここで一旦、思い出話をブッた切る。

手放す理由

そんなAndromeda A6だが、「重たくてデカい物」には違いなかった。体重計での実測では15.5kg。5オクターブで奥行きがあり、空間占有率も高い。しかし、それらに加えてもう一つ大きな要因があった。

壊れたら、とても悲しい。

物はいつか壊れる。いずれ修理に必要な部品も無くなる(独自のボタンやツマミは既に枯渇している)。そして何より、とても残念なのだが、コロナ禍を境に、音楽機材の修理技術者がどんどん引退する事態が起きた。まだディスプレイは点灯するし、ボタンの接触も気になる箇所は無く、オシレーターの動作チェックも全てパスする。それでもいつか壊れる。その時の悲しみに僕は耐えられそうにない。

だから手放すことにした。

奇抜なデザインも目を引くが、やはりオシレーター部の充実は素晴らしい。フィルターの効き、高機能でありかつ音楽的配慮のなされたエンベロープ。
自分の手を離れても、この世界ではどこかで誰かが、これと同じ機材を所有し活用している。そう思うだけで十分である。

Andromeda A6をサンプリングしたソフト音源には興味が無い。人生分岐点で気持ちを切り替えるためのシーラ・ラパーナ浄化作戦である。