連載第24回
2008年11月11日
深入りもほどほどに

 今はもうすでに終了しているのかもしれませんが、以前TBS系の深夜に「ドキュメントDashDash」という30分枠のTVドキュメンタリー番組が放送されていました。そこでカメラが追うのは、そこそこに各界で著名な人、あるいはまったくの素人(もちろん、ちょっと変わった価値観や背景を持つ人)。普通ならまず知ることのないだろう赤の他人の日常を、飄々としたカメラの視点と、シンプルな状況説明のみに留めるナレーションで構成したライトな内容で、なるほど世間にはバラエティに富んだ生き方があるものだと毎回楽しみにしていました。
 ドキュメンタリーの一つの形として、ある一人の人間に注目し、あらゆる角度から光を当てることによって普段知られているものとは全く別の人物像を浮き彫りにしていくという手法はよく見られます。もし夏休み中にドキュメンタリー作品を1本製作するようにと宿題が出た場合、身近に一風変わった日常を送っている人物が居たら製作の半分は終わったも同然、などと考えたりする学生もいるはずです。

 同じ日本人でありながら、異国の地ブラジルで、ほとんど他人との交流を断ち、オリジナルの浦島太郎物語を創作している年老いた表現者が居る。人伝えにそんな話を聞いて岡村監督が興味を持ったのも不思議ではありません。実際、カメラは人付き合いを避け続ける主人公に幾度か接近を試み、ようやくその主人公によって大幅に脚色された浦島太郎物語をテープに収めることに成功します。とは言うものの、個人的にその物語を聞いてもさほど面白いとは思わなかったのですが、もし彼一人に密着してそのまま取材を続けていれば、このドキュメンタリーは何かしらの着地点を見出せたかもしれません。しかしあろうことか、主人公は序盤にして病で亡くなってしまうのです。

 不意に対象を失ったカメラは、迷走を始めます。

 すでに故人となってしまった主人公のこれまでの人生を追うべく、かつて生まれ育った日本の故郷に戻って親類等からの「余計な」証言を取るにつれ、「どこにでもありそうな家庭の事情」が浮き上がってくるのです。主人公の背景にあったのは、いわば世間でありふれた物語、例えば「太郎は小学生の頃は明るくて成績も良かったのに、中学生の頃に両親が離婚してしまい、高校に入る頃には不良になってしまった」というような類のものです(注:本作とは全く関係ありません)。もしかしたらこのドキュメンタリーは、過去に多くの国民に対しブラジル移住を促した日本の無策による被害者たち、という筋立てで構成することも可能だったかもしれません(とは言え、その組み立て方自体は既にありふれたものだけれど)。しかし、どこにでもありそうな家庭の事情を聞き出して収斂されていく先は、主人公がいくらか内向的で他者とのコミュニケーションが苦手だった、というだけの小さな話に。具合の悪いことに、同じ日本からのブラジル移民でありながら、そこそこに成功した人の証言も含めてしまうとなると、非は外因に求めることもままならず、ますます主人公の内向きな性格のみ際立ってしまう始末。なるほど表現活動に孤独な状況は必要な要素の一つかもしれないけれど、この構成だと主人公は求めるべくして孤独になり表現の道を歩んだというよりはむしろ、家族への信頼を失い、人との交流を断ってしまったが故の必然ということになってしまいます。

 思い出すのは以前読んだ森鴎外『北条霞亭』。一般的な歴史教科書には載ることのないような陽の当たらない人物について、あらゆる資料をかき集め、実際に親類に会って証言を得、彼等が生きた日々を詳細に叙述していくという後期鴎外文学を確立した史伝スタイルは、『渋江抽斎』などの前期における中編は非常に面白く読めたものの、後期に入り霞亭を取り上げるに到って「詳細に浮き彫りにしたはいいが、対象自体がさほど面白くもない人物」という批評を受ける状況になっていきます。それでも鴎外が最後まで執筆を続けたのは、霞亭に自分自身を見たからかもしれないという指摘は、このドキュメンタリーにおいて、岡村監督の視線に主人公である西佐市氏に対するシンパシーが感じられることを気付かせます。

 しかしながらやはり個人的には、一人の孤独な老日本移民のプライバシーについて、カメラは深入りし過ぎたように感じられ、かつ主人公は155分もの長尺なフィルムに焼き付けるほどの人物ではなかったのではないかとも思うのです。一風変わった人物が身近に居たとしても、その変わったところの表層を映すだけで良いのかもしれないし、もし勢い余ってその背景、生い立ちに深入りしたとしても、映画は見せなくてもよいものは「編集」することによって取り除くことが出来る。全て何もかも見せるのがドキュメンタリーということでも無いでしょうし、それによって主題がぼやけ、失う物が多ければ本末転倒です。
 そして何よりも先立ち、どんな人物をカメラの対象にするのか、それを嗅ぎ分ける鋭敏な嗅覚が、カメラを手にする側の人間には必要だと気付かされました。いろいろな意味で記憶に残っている作品です。

ひと言メモ

監督:岡村淳(1998年初版制作・2001年改定版制作/日本/155分)ー鑑賞日:2006/04/22ー

■記憶によれば、本作品は2006年に鑑賞。感想文を書くには少々時間が経ちすぎました。
■最近、どういうわけかドキュメンタリーの感想文が続いていますが、実際どういうわけかドキュメンタリーを多く観ています。