連載第58回
2011年7月9日
したたかな広報

 個人的にこの映画が失敗していると思う点を2つ挙げます。以前、ポン・ジュノが監督した怪獣映画『グエムル』の感想文にも書いたのですが、未知の怪物が突然来襲してきた場合、不幸にもそこに居合わせた者たちはただ狼狽えているだけでは駄目で、ただちにその窮状から脱するため作戦を練らねばなりません。怪獣映画では戦闘場面と同じくらいに作戦会議が面白いのです。しかしならが本作では、登場する人物等の間でおよそ作戦会議と呼べるようなレベルの議論がまるで交わされません。確かに『グエムル』でも作戦会議に相当するようなものが行われない点を指摘したのですが、各々の登場人物が己の中で明確な戦略を組み立て単独、モンスターに立ち向かう独自性が注目すべきところでもありました。翻って「スカイライン」では、圧倒的戦闘能力を持つ相手を前にただひたすら逃げることを考えるのは仕方の無いこととしても、しかし、主人公の男が言う「ヨットに乗って海へ逃げよう」という発案に、スクリーンを見つめる劇場を埋めた観客達の中で一体どれほどの人が共感出来たのでしょうか?わずかな人間の動きを察知して忍び寄ってくる怪物の行動をある程度観察すれば、ただっ広い海原をゆっくり帆走するヨットで繰り出せばあっという間に敵に包囲され餌食にされてしまうのは子供でも予想出来るはず。畢竟、傑作『トレマーズ』において地中から突然襲ってくる生物に対し「とりあえず高いところへ登っとけ」というような「オレもその場に居たらそうする」と誰もが共感せずにはいられなかったのとは真逆の距離感がスクリーンと観客の間に漂うことに、この中盤での登場人物へのスムーズな感情移入の失敗は、残りの上映時間を使って再び取り戻すことも叶わなかったのです。

 2点目は意外性(真新しさ)の欠如です。およそこの映画にはインディペンデントな要素が見当たりません。無論、今となってはメジャーとインディーの違いなど作品の表面上は無くなって久しく、せいぜい製作費をどこからかき集めてくるかくらいの観客にとってはどうでもいい違いしか無いのかもしれません。むしろメジャー作品の方が禁じ手を繰り出してきたり、B級映画のようなテイストを採用してきたり、何かと独特な作風にすべくチャレンジに積極的な気もします。本作の日本公開に先だって例のごとくAppleのトレーラーサイトで予告編をチェックした際、宇宙船から地表に放たれた青い光に向かって無数の人々が虫のように吸い込まれていくのは確かに面白い発想だったのですが、見た目にもそれはいわばホタルイカ漁のようなもの。おそらく吸い込まれた人々は食糧にされてしまうのがオチと誰でも普通に思うでしょう。それではまるで新しくありませんから、僕なんかは「あの大量に吸い上げた人々が一杯になったところで、またフタを開けて地面にドバーッと意味なく落としたらかなり面白いな」と思ったりしたのですが、残念ながらそんな意外性は微塵もありませんでした(映画が「え?ここで終わるの?」という意外性はありました)。

 ついでに細かいところで恐縮なのですが、スローモーションの使いどころを間違ってはいまいかと思うのです。これはマイケル・ベイ監督『トランスフォーマー/リベンジ』でも見られ、その感想文には書かなかったのですが、主人公達がモンスターから逃げ惑う状況でスローモーションになるという摩訶不思議。実際、トランスフォーマーの鑑賞中、レベルの低い下ネタにはまるで笑えなかったものの唯一そのスローモーションで大爆笑してしまったのだけれど、本作でも巨大モンスターから逃げる最中、どういうわけかスローモーションになるのです。もちろん、何が正解で何が間違っていると作法的に指摘すること自体、表現に対しては間違っているとも言えるのですが(あえて言えばセンスの有無?)、映画の中におけるスローモーションの役割とは永遠と思える一瞬を表現することにあるのではないかと。”永遠と思える一瞬”とはまた何ともロマンティックな物言いですが、僕の中ではモンスターからあたふた逃げている最中というのはまるでロマンティックな瞬間ではありません。逃げるのなら黙ってただひたすら実時間で逃げろ。閑話休題。

 しかしこれだけ苦言を呈したものの、この映画は見事「成功」しているのです。1000万ドルという製作費を自分たちで調達し、そのわずかなバジェットで鑑賞に堪える空中バトルシーンを作り上げ(一瞬だったけれどステルス等の戦闘機とかミサイルは頑張ってた)、結果として興行的に見事回収出来たという事実。この実績は、少ない予算でもこれだけのクオリティを短期間で制作出来るというプロモーションを兼ね、確実に監督自らが経営しているVFX工房の次の仕事(今回のようなインディーでの趣味的なものではなく、メジャーから依頼される本来の仕事。聞くところによると現地の特撮工房も激しい淘汰が繰り返されているようです)を得るための宣伝として十分な役割を果たしています。僕らは今回もまた、ただ嫉妬するしかありません。

ひと言メモ

監督:グレッグ・ストラウス/コリン・ストラウス(2010年/アメリカ/94分)ー鑑賞日:2011/06/18ー

■続編は別に無くてもいいんじゃないでしょうか。