連載第47回
2009年5月4日
季節外れ

 そもそも、何故5月の大型連休というこのタイミングで、スノーボーダー達のドキュメンタリー映画感想文なのかと。いや、大型連休で弛緩した気分でいるからこそ、季節外れに雪山を滑空するボーダーについての話なのであると。

 とは言うものの、この映画を観たのは数年前の何時だったか、やはり特に理由などなく、たまたまその時その映画館で上映していたのを眺めてみた、というだけのことで、自分自身全くスーノーボードなど乗れませんし、それ以前にわざわざ寒い思いをして雪山に繰り出しスキーに興じる事にすらまるで興味がありません。
 …あれはそう、まだ学生の頃にバイト先の先輩仲間等に誘われて地元の山奥へ車に揺られスキー場まで出向いた、というのが僕の初スキー体験なのですが、その時の記憶はかなり強烈です。もちろん吹雪いている極寒の中、何を甘く考えていたのか板と棒だけ借りて、ウェアはレンタルせずに普段着のままGジャンとGパンに市販の手袋で臨んだのです。仲間等はこれまでに十分経験を積んでいて僕だけが全くの初心者、当然どいつも手取り足取り教えてくれるような親切心など微塵も見せるような輩ではなくて、いきなりリフトに乗って最上部へ。「大丈夫、なんとかなる」の一言で放置された僕はただ呆然、まず何よりほとんど垂直じゃないかと思われるような斜面を、こんな邪魔な長い板を足に括りつけたまま一体どのようにして降りろというのか、あっけにとられつつ、絶望的な叫び声をあげながら滑り落ちてゆきました。いや、転がり落ちていったというべきか。そんなこんなで2度ほど往復した後、普段使わない部位を慣れない方向に運動させることに疲れ切った僕はやはり転んで雪上で手足を広げ伸びていたのですが、そんな僕を抱き起こそうと近寄ってきた先輩がこともあろうに手の指先の上をスキーで通過、日常用のビニール製手袋はそこそこ厚みがあったものの、板のエッジで簡単に切り裂かれ、その裂け目からはどくどくと血がしたたり落ちる始末。すわ指切断か!と思ったものの、あまりの寒さのせいで痛みなどまるで感じることもなく、もう指のことはどうでもいいから早くこの極寒雪地獄から帰りたいとの思いの方が強くありました。幸いなことに指の傷は浅く済んだのですが、その傷跡は今でも残っています。
 それと同じような体験を幾度か経て、最終的には人の世話(迷惑)にならない程度にまでは楽しむことが出来るようになったものの、最後に滑ったのはかれこれ17年ほど前になるのでしょうか、今後の人生おそらくもう雪山のふもとにさえ出向く事はなさそうです。今は体力がかなり衰えましたし、迂闊に当時と同じ感覚で滑れば四肢の骨折も免れません。

 さて、本作の前半にはスノーボードの誕生から発達進化していく歴史について解説があり、なるほどスポーツというのは「道具と共に進化するもの」であるということに改めて納得したりしました。記録が新しいレベルに更新されていくには、気合いとか根性といった類のものだけでは到達できない要素があるようです(水着とかね)。そしてこれまでも繰り返されてきたように、スポーツはビジネスと結びつき、中でも優れたプレーヤーはスポンサーと契約しプロとして活動することになる。そういった、飛び抜けたセンスを持つボーダー等が性別も世代も超えて集まり、一つの壁に挑んでいく展開は、その画を撮る為に企画されたものであって、一般的なドキュメンタリーの枠組みを逸脱している感も否めないのですが、しかしアラスカの何という山なのか覚えてないけれど、ようやく人一人が立てるような尖った山の頂上にヘリコプターで運ばれ、置いてけぼりになった画は、その為だけに企画でもされなければ絶対撮れないような無謀さに満ちていて大笑いしてしまうほど滑稽なのです。お前、一人でどこに立ってるんだ!?っていうか。ここにはつまり、気合いとか根性なんてものを遥かに超越した「バカ」があると。
 いや、しかしそこからたった板一枚を駆って垂直に切り立った壁面を(斜面じゃないよ、壁面だよ)滑空していく(滑ってるんじゃないよ、フリーフォールだよ)姿には、思わず畏怖の念を抱かずにはおれませんでした。これがアスリートの放つ魅力、というヤツですか。

 さて、実は本作で最も印象に強く残っているのは、一人のボーダーが空を飛んで雪面に降り立った瞬間、その衝撃で付近一帯が一度に崩れ雪崩を引き起こしてしまう映像です。さすがにこの場面では、遥かに想像を超えた迫力(映画館で観たせいもある)にスクリーンに釘付けになりました。さて、そのボーダーは雪崩を無事回避できたのか、それとも巻き込まれてしまったのか、そこは本作の山場でもあるので明かさないで置こうと思います。

ひと言メモ

監督:ケビン・ハリソン/ケンプ・カーリー(2005年/アメリカ/110分)ー鑑賞日:2007/03/11ー

■雪崩の恐ろしさをピンポン球で解説している映像があるので、そのレポート記事にリンクを貼っておきます。大型連休サービス。