連載第48回
2012年12月16日
番外編:プラグイン追加の気分でMOTU DP8アップグレード

 なにゆえ、人はOSやアプリケーションをアップデートするのか?そもそも、人の手によって作られた製品が元来、本質として未完成的なものを多分に含んだままリリースされる、つまり世間で言うところの永遠のベータであるという点(例えば玩具や家電のように物質として空間に実在するものが経年劣化で故障したから買い替えることとは違う)がこの、ともすれば不毛とも呼べる「更新作業」を強要していると言えるのですが、しかしそれがツールであるということ、すなわちある目的を遂行するために必要な道具であることを考えれば不具合な箇所を適宜修繕することは必要であるし、また時に、道具を扱う者の四肢に伝う新鮮な感触が延滞した創作行為に刺激を与えることもあり得る(まあ、多くの場合は幻想ですが)…。そんな事をMacintoshを購入してから数十年も繰り返してきたのだけれど、やはり数十年ともなればアプリ開発側の「やれる事」も次第に尽きてくるし、使用者側にとっても自分に適した使い方が定着(マンネリ化)してもはや最新版に更新する必要もなくなってくる頃合い…それが今回MOTUの放つ「DP8」というメジャーアップデートバージョンの置かれた微妙な立場なのではないでしょうか。

 このDigital Performerに限らず、Adobe Photoshop等でも便利な機能は既に必要にして十分なものがあって、基本となるOSXにしても現時点ではまだ10.7.5(Lion)のままで10.8(Mountain Lion)にはアップデートしていませんし、iTunes11やSafariなども同様、特にアプリ使用最低条件の変更という強制でもない限りわざわざ進化する必要を感じないほど現状に満足しています。ましてやiOS用のアプリなど一度購入すれば後に続くアップデートはほとんど無料である場合も多く体験するようになり、それに慣れてしまうと数万円もかけてアプリケーションをアップデートすることをユーザーに促すのも難しい時代になったのかもしれません(故に利益追求の為のハードウェア回帰が始まるという十分納得出来る予感があります)。

今回の目玉は何?

 そんな微妙な立場になったDP、ようやくバージョン8の詳細がMOTUサイトで公開されざっと目を通してみても昨今のトレンドを追ったほぼ予測の範囲内(Windows版開発もその範疇)、「これは絶対アップデートしたい!」と思うような目新しい新機能は見当たらず、しばらく現行のDP7のまま様子見するかと考えましたが、しかし先月はMac Pro関連のトラブルが重なったことも含め全く音楽作りに時間を割くことが出来ず、次第に鬱屈を伴う欲求不満が高まってきました。この状況を脱するにはツールを更新するしかないのではないか?そこで創作への刺激物になりそうな自分なりのDP8の目玉は何だろうかと検証してみたところ、2つピックアップできました。その1『テーマ』。本来このアプリは道具なのですから機能の洗練が主眼でなければならないハズなのですが、テーマ変更機能とはつまり見た目の変更、ただそれだけ。しかし常々「見た目重要!」と叫んでいる僕はこの見た目雰囲気変更機能に注目。効果的な創作行為への刺激注入とは、単に気分転換する事なかもしれません。その2は『Springamabob』。プレビューでプラグインの紹介動画を見ると今回のDP8ではギターエフェクト系にも力を入れている様子。中でも一番注目したのは昔懐かしスプリング・リバーブを模した「Springamabob」。これまでもスプリング系のプラグは色々試してみましたが(そして諦めてきた)、これはツボを突いています。特に2本バネ選択時の「ピチョン!」というアレが鳴っているのが素晴らしい。これは欲しい。

完全移行はまだ遥かに遠い…

 そんなこんなで気分を高め、19,800円(送料別)という昔から考えれば若干は値下がりはしているものの、不況な昨今においてはちょっと気合いが必要なアップデート料金を支払いDP8初回出荷分を入手。仕事の無い日の空いた時間にインストールしてみました。その時点ですでに先行しているユーザーからの「32ビットのプラグインは使えない」という情報が流れていたので覚悟はしていたのですが、デフォルトで64ビット起動するDP8はまず何かしらのプラグインと相性が悪いようでエラーを起こし、ファイルを開くところまで行かずに終了してしまいます。ここから半日をかけてコンフリクトを起こしているプラグインの特定、DP8を起動可能なプラグインのセット設定に時間を費やすことになりました…。

 どのような過程を経たかはバッサリ省略しますが、とにかく時間がかかりました。まるでMacOS9時代の「コントロールパネル&機能拡張フォルダ」でコンフリクトを起こしている拡張ファイルを探し当てるために何度も再起動を繰り返していた頃のよう…。まずFLUX::社のプラグインが極一部のフリーのものを除いて全滅。該当するAUプラグが一つでも「ライブラリ>Audio>Plug-ins>Components」にあると起動時にエラーを起こします。さらにT.C.electronicのプラグ類にも一部に読込み不可のプラグがあり、それを特定するのに時間がかかりました。そのメーカーのものが全てダメなら分かり易いのだけれど、ほんの一部のプラグに相性問題があるというのはかなり厄介な状況。僕はさほどプラグを持っているワケでもないのに半日以上かかりましたから、プロの現場ではDP8への完全移行は難しいのではないかと思いました。

 そして原因要素をライブラリから撤去し改めて起動してみると、そこには新鮮なDPが…。早速テーマをいろいろ変更してみたところ、個人的には「Eight Bit」が気に入りました(いろいろ細部のデザインに注文は出したいけど)。マットな感じというか、セルアニメ調というか、おそらく最近多くのユーザーを獲得しているLiveの雰囲気に近づけたものだとは思うのだけれど、これまでのDPが纏っていたテクスチャによる世界観とは異なっていて良い気分転換になりそうです。また例の「Springamabob」も試してみました。とにかくチープな残響がよく出来ていて、あの時代の音世界に浸る事が出来ます。ピチョン!がいい具合に安物感を出してくれるのですが、もちろんそれは良い意味で。最近、2ミックス時の音のまとまり具合について過去のロックアルバム等を参照しているのですが、アンビエンスでトラック間を馴染ませることが世界観の特徴付けにかなり寄与しているなあと。最近だとUniversal Audioの「Precision K-Stereo Ambience Recovery Plug-In」がそこを突いてきていて素人なりに注目しています。

 しかし当然ながら不具合もあります。DP8の起動を阻むプラグインは除いても、64ビット起動すると過去の32ビットプラグは認識されないので、例えばKORG M1や32ビットのまま既に廃盤になっているプラグなどは読込まれません。32ビット起動(DP8のアイコンを選択して>情報を見る>32ビットで起動にチェック)すればそれらも無事認識するものの、上述のFLUX::系などはライブラリから除外しているので、DP7以前に作成したプロジェクトは当時のミックスの状態で作業再開することが出来ません。ちなみにOSX自体を32ビット起動してみましたがダメでした。
 それに加え、DP8で作業しているとメモリの消費が異様に激しく、警告が頻発して作業を継続することが不可能になります。DP7では全く問題の無かった軽量なプロジェクトでも減りが激しいのでメモリ管理の根本的な問題なのでしょう。先のプラグインとの相性も含め、今後のマイナーアップデートで症状が治まるのを待つしかないようですが、FLUX::の対応も合わせ、たぶん来春くらいまでおあずけになるのではないでしょうか…。
 だいたいMOTU DPのメジャーアップデートはバグ満載で登場するのが当たり前になっているので失望はもうしないのだけれど、「競合他社製品に比べ多少機能は少ないが、このバージョンでアプリケーションとしてひとまず完璧動作するものを提供する」という、あって然るべき事が一度も無かったのがシェアを大きく減少させた要因の一つではないかと思っています。その体質を残したままWindows版を併売しても、シェアを回復出来るとは到底思えません。今回DP8ではCocoaを使いフルスクラッチしたとの事だけど、その開発に慣れてアプリケーションがもっと俊敏に動くようになることを願います。

その手があったか!DP8.01の新プラグインをDP7.24で使う

 そんな苦言を呈しつつも今となってはもう新しいアプリケーションの使用法など覚える気力の無い僕はこれからもたぶんDPを使い続けるのだろうけど。そんなこんなでしばらくDP8で作業してみて、やはりメモリ周りがキツイ、残念だけどしばらくはDP7をメインに戻そうと思い、さてこのプロジェクトを過去バージョンに書き出すことは可能なのだろうかとファイルメニューを探ってみると、バージョン6以前は存在するのに7が無い。一体それはどういうことなのだと、ひとまず現状のプロジェクトをDP8のまま保存し終了、そのファイルを改めてDP7で開いてみると、あっさりと開きました。トラックに挿したDP8のプラグも立ち上がってるし、もしやと思いアレコレDP8で新規追加されたプラグインを試してみたら、全部の動作を確かめてみたわけではないけれど概ね大丈夫そう。先の「Springamabob」はもちろん、ギター系エフェクトやモジュレーションも大丈夫。さすがにテーマは移行できなかったけれど、今回危うく無駄な出費になりかけた19,800円はこれらプラグインの追加購入費と考えれば全然許容範囲です(え?ヘンですか?)。ちなみにこれら新プラグインはAUではなくMASなのでMOTUユーザーにしか恩恵は得られませんが、DP7.24をインストールしてあるMacにDP8をインストールすると、DP8自体をオーソライズせずともDP7.24でプラグを使用することが出来ます。