連載第116回
2023年8月27日
目標としているTaylor Deupreeのマスタリングに何とか擬似的に寄せることが出来るかもしれない

先日、8月22日のこと。戯れにM1 Mac miniでデモ試用版のDP11.22を起動し、メモ程度にポロポロとピアノを鳴らしたものを記録しておいた備忘録的なプロジェクトを開いて、マスターフェーダーに挿しているプラグインを操作している最中、よくあることだが、うっかりマウスを握った手を滑らせ、とあるプラグインの挿入順序を意図していた場所とは異なるところに置いてしまった。その時である。

これまでどうしても潰れて歪んでいたピアノが、生き返った。

びっくりした。それまでずっと、なんの疑いもなく、いつもの順序で配置していたプラグイン。それをうっかりミスで前後入れ替えたら、音が新鮮な輪郭を保ったまま目の前に立ち上がった。

魔法のようなTaylor Deupreeのマスタリングがずっと謎だった

Taylor Deupreeの音との出会いはもう14年ほど前になるけれど、当初はCDだった音源から、ストリーミング全盛となり、マスタリングの考え方も大きく変化した。00年代の昔のように、レッドゾーンギリギリまで音を突っ込むこともなくなり、ダイナミクスを優先するようになった。しかしその弊害として、アンビエント系、主にドローン的な音は、そもそもアクセントとなるプラック的な音も少なく、全体的に平坦でダイナミクスに乏しいこともあり、レベルを上げることが素人には非常に困難だった。

7年ほど前からだったか、それまではレッドゾーンに振り切ることも厭わなかったTaylor Deupreeのマスタリングも大きく変化して、ストリーミングサービスでラウドネスを強制的に下げられてしまうレベルの手前でうまく収めるようになった。しかしそれが不思議なのである。視認するメーター上では大きく振り切れてはいないのに、聴感上では他のリズミカルなポップ系とさほど音量差を感じないのである。

これは本当に魔法のようだった。

休日の時間の空いた時に、ふと試作プロジェクトを開いてミックス作業を行い、マスターセクションにいくつかダイナミクス系のプラグインを挿して音量を調整する。しかし、どうしてもTaylor Deupreeのような、規格レベル内に抑えつつも音量感を確保する、というマジックを引き出すことが出来なかった。自作の各トラックに収録されている持続音源は、最初から海苔状態で、全く起伏が無い。プラックもほとんど無い。そこで単に音量を上げていくだけだと、全体のインパクトは薄いのにすぐ上限に引っかかってしまう。何より、リファレンスとして並べているTaylor Deupreeの楽曲との違いがあり過ぎて、失意により創作意欲が萎えてしまう。途中で数年間、創作活動休止状態が続いた。

それが、22日、ちょっとした操作ミスで「何となくTaylor Deupreeっぽい感じのレベル確保」が、ドローン系の起伏の無いアンビエントでも出来るようになった。当然、メーターがレッドゾーンに突入しないように、細かく設定を追い込む必要はあるし、第三者による客観的なアドバイスも受けられないから、技術面では何の確証もなく、リファレンスとは依然として互角に並ばないのだけれど。しかし、やっと目の前に光が射した。
長年作業が頓挫していた『P-S#424』の「Overture」を開いて、早速「うっかりミス」をマスターチャンネル上で再現してみた。『P-S#424』は全体がほぼドローンで、非常にレベル設定が難しく、理想としているTaylor Deupreeに全く近付けないので、半ば放棄してしまっていたのである。しかし「うっかりミス」によって、ちょっと道が開けた感じ…がする。またいつもの勘違いかもしれないけど、少なくとも、以前より良いミックスが出来るかもしれないという希望が生まれた。

それにしてもしかし、ここに到達するまでに、7年かかった。